2012・9・20
十津川村 更谷慈禧村長にお会いし、300冊をお渡ししました。
昨年の紀伊半島大水害からの復興を目指す村にとっては、上杉直温氏の「明治22年の大水害の記録」が特に注目されました。
村長からは
「今まさに台風12号の被害から復興していく段階の中で、すごく参考になるし、我々も絶対に先人に負けないような村を作ろうという強い思いが湧いてきました。」
とのお言葉をいただき、我々の苦労も報われたようなうれしい思いでした。
テレビや新聞が取材に来られ、午後6時からのNHKニュースで放映されました。
十津川村に入ると、至る所で台風による土砂崩れの復旧工事が行われていました。
特に今西村は今も危険地帯で、大きな井戸を掘って水抜きが行われています。
山肌には地すべりのあとが何本も爪痕のように残り、大量の土砂を積んだダンプカーが川をせき止めた土砂置き場に土砂を運んでいます。
折立橋は中ほどから落ちてしまい、落ちた部分が川の中に浮いたままでした。それを引き上げるよりも仮橋を架けることの方が優先されて、今は仮橋が完成して通行できるようになっています。
私たちが行った日は前日からの大雨で十津川は増水して昨年の水害を思わせるような泥色の濁流になっていました。
私たちが宿泊したホテルは川側に建っていた別館の3階まで濁流が押し寄せ、現場を見せていただきましたが、全室が泥のあとも生々しく、電気製品がすべてダメになったそうです。
村役場には村長自筆の「最優先 村民の命を守る。力を合わせ頑張ろう。」というスローガンが掲げられていて、今も復興に全力を傾けておられるのです。
死者7名、行方不明者6名、全壊半壊家屋48棟という村民の尊い命とかけがえのない財産を奪い去ったこの災害は、明治22年の大水害を思わせるものでした。
かつての未曾有の大災害から雄々しく立ち上がった先人たちの姿は、今回の水害からの復興に立ち向かう人々に大きな力と勇気を与えてくれることでしょう。歴史に学ぶことの本当の意義がそこにあり、それこそ我々の何よりもの喜びでもあります。
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